第1回 イギリスの住宅事情(1)

はじめまして。

澤山乃莉子と申します。
英国をベースにインテリアデザインの仕事を行っています。
日本とはずいぶん違う住宅やインテリア事情を持つイギリス。
最も大きな違いは、住宅の寿命の長さからくる、人々の家に対する向き合いかたや情熱といえるでしょう。
しかし、その中には、世界の先進国の中でも最も短い住宅の建て替えサイクルを持ち(住宅の平均寿命は日本30年、アメリカ55年、イギリス77年)、環境問題保護の観点からこのスクラップアンドビルドの在り方を見直そうとしている日本の住宅の未来にとって、参考にできる部分もあるかもしれません。

折しも、政府が、住宅の長寿命化に向けてその普及活動を始めています。
そんな中、長谷工コーポレーションの200年マンションプロジェクトは超長期住宅先導的モデル事業の第一号に選定されました。
マンションの寿命を200年以上にするために、どう建てるか、そしてどう住まうか、あるいは住むことを支援するかなど様々な観点からの取り組みが進められています。

そこで今回から3回にわたって、ご長寿住宅先進国ともいえるイギリスの住宅事情をご紹介しつつ、200年住宅の意義をご一緒に考えていきたいと思っております。
3回をおおよそ次のような内容で進めていきたいと思っています。

第1回 (7月末)

イギリスの住宅事情(1)
住宅の寿命が長い英国の住宅マーケットの中で、人々はどう家とつき合い、どのような人生設計を行い、そしてどのようなマンションコミュニティを作るのか、経済的、人的な観点から考える。

第2回 (8月末)

イギリスの住宅事情(2)
イギリスの人々は古い家でもモダンなライフスタイルを楽しんでいる。まさに家はキャンバスであり、そこで自分なりのインテリアを楽しむのである。なぜ古い住宅でモダンなライフスタイルが可能なのかを建物の観点から考えてみる。
また、メンテナンスがしやすく、経年に関係なく自由度の高い建物とはどのようなものかを英国の事例により紹介する。

第3回 (9月末)

日本の長期住宅とそのメリット
日本で長期住宅が導入されると、何が起きるのか、また長期住宅に住むことのメリットとは何かを、英国の先例から予測する。
200年住宅の中で、私たちは家や家財、そしてコミュニティとどのように向き合うべきか、またどう作り上げていくかを考察する。

 

イギリスの建物事情

建築インテリアにかかわるプロとして、ヨーロッパにいることでとても幸せだな、と感じることは、古い時代から現代までの建築を、町で普通に使われている状態で見ることができることです。

(年代がごちゃまぜなロンドンのビル)

ロンドンの街は500年前くらいから発達しましたが、その時代からの建物がずっと残っているのです。街を歩いていると、様々な時代の建物がモザイクのようにロンドンの街を彩っているのを見ることができます。不思議なことに、ロンドンの街では500年前から建て替えということをあまり行ってこなかったようです。唯一建て替えが行われたのが、第1次大戦と第2次大戦で壊された跡地の再開発です。特にテムズ川沿いは発電所や港、そして軍需関連の倉庫や工場が多かったため、重点的に爆撃されました。戦後川沿いにはいわゆる団地のようなマンション群が急場しのぎに数多く建てられました。その安普請がたたって、建て替えの時期を50年で迎えてしまった建物の再開発が今起こっています。
多くの人々は戦後に建てられたコンクリートの建物が嫌いです。その最も過激なのがチャールズ皇太子。新しい建物をデザインが悪いと目の敵にして、特に50年代から70年代のものは早いところ壊してしまえ、と鼻息も荒いのです。
ただ、古い建物にある価値を認めるという部分では、わたしも賛成です。古い建物には美しいプロポーションがあり、丁寧に人の手で作られた建物でしか醸し出せない品格があります。新しい建物は、絶対といっていいほどかなわない部分です。
一般的なマンション相場でも、築70年以下のものは新しすぎて不人気です。デザインに何のポリシーもステータスもない、面白くない建物だといわれます。新しい建物などをありがたがるのは外国人ばかりだ、とも言われます。

ところでイギリスの家は古い古いといわれますが、なぜ古い家が多く、なぜ新しい家があまり建てられないのでしょうか。

建物の寿命が長いのには、地震がないこと、そしてレンガや石造りであるという2つの大きな理由があります。1666年のロンドン大火(1万3千軒以上が焼失し、8万人が被災)以降、建物は石もしくはレンガ以外では建ててはいけなくなりました。
また、古い建物の歴史的価値をとても重要視し、建物にグレードをつけて、外観の変更を一切許さない条例で守っています。この数英国全土では43万箇所にも上ります。
そしてほとんどの道路では景観条例で建物の前面の素材や色を決め、その変更を禁じています。ですから今ロンドンで見る多くの町並みは、100年前からそうだったように、100年後も変わらないのです。
でも何よりも、古い建物が現代の生活で使用可能である、ということが長寿命であることの最も大きな理由でしょう。

集合住宅は都市部では1700年代から一般的になりました。2-4階建てで軒がつながっているタウンハウスに始まり、1800年以降には以下の写真に見るような大規模なマンションタイプの住宅が数多く建てられました。それらが今でもそのまま残っているのです。

いくつかロンドンのマンションの写真を見ながら歴史を感じていただきましょう。
下の写真はケンジントンにある、約200年前に建てられたマンション。リージェンシー時代のネオクラシック様式を反映しています。
その高い天井と美しいプロポーションの空間で、今でも絶大な人気を誇るマンションです。パディントンからケンジントンエリアに数多く建てられました。

次は、ヴィクトリア調の120年ほど前のマンションです。この時代のマンションは赤レンガに白いアクセントが特徴的です。

そして、次は1920年代、アールデコ調のマンションです。この時代の特徴的な鉄のサッシの窓と横の平行線がたくさん見られるデザインです。第1次大戦以降の復興期に数多くこのスタイルで建てられました。

そして戦後の開発、1976年完成のバービカン住宅。大きなコンクリートビルが立ち並んでいます。このあたりからがチャールズ皇太子のデザイン批判の標的になる建築ですね。

そして現在。2005年テムズ川沿いに完成したノーマンフォスター卿設計のAlbion Riverside Buildingです。いも虫が横に丸くなったようなオーガニックな形をしています。
工法、維持管理とも環境に配慮したグリーンビルディングです。
このビル以外にも、未来的な形のマンションがテムズ川の南河岸には数多く並んでいます。


家を買う

イギリスで家を買う、ということは多くの場合すなわち中古住宅を買うということになります。
英国では中古住宅が新築住宅の8倍も市場で出回っているのです。日本は中古住宅の流通は全体の10%強程度ですから、真逆ですね。
建物の寿命は永遠と考えられているので、マンションが古くなることによる値下がりはおきません。むしろ100年以上のものはピリオッドプロパティ(歴史建築)といわれ、値段が上がります。

マンションを買うということは、ほとんどの場合、建物や土地を所有するということではなく、居住権を買う、ということになります。
たとえば私の家は10年前に125年の居住権を買いましたので、あと115年間住む権利があります。マンションを売ったり買ったりするということは、この居住権の売り買いを意味します。
土地は借りていますから、地主さんに年間5万円程度の地代を払っています。
このほかに、管理費と修繕積立金、保険などを毎月支払います。
ビルが古いため、定期的なメンテナンスが必要なのと、多くの場合ポーターと呼ばれる管理人さんが常駐しているため、ロンドン市内で年間の相場は一世帯あたり60万円程度です。
私の住むマンションでは、居住するポーター(管理人)さんの費用、暖房とお湯が管理費に含まれます。古いビルに住んでいると、常駐でメンテナンスに対応してくれる人は必須です。

マンションにはどんな人が住み、どんなコミュニティを作っているのでしょうか。47世帯が住む私のマンションを例にお話ししましょう。
ロンドンは文字通り国際都市なので、住人たちの国籍は様々。15カ国は超えそうです。
年齢も家族構成も様々ですが、若い独身者が10%、若い家族が40%、子供が大きいか手が離れた家族が30%、お年寄りの所帯もしくは一人暮らしが20%くらいになるでしょうか。築80年のマンションともなると、年齢層は本当にさまざまです。
住民が自治のための会社を設立し、管理会社を雇っています。自治会のミーティングは3か月に1回程度ですが、皆だいたい顔見知りです。自治会のミーティングでは最後はワインでおしゃべりが相場です。
海外駐在組を除けば、長く住む人が多く、ここで皆さん歳をとっていきます。
寿命の長いマンションに住むということは、自然と寿命の長いお付き合いをする心構えができるということだと思います。

とはいっても、私たちのライフスパンに比べて、マンションのそれははるかに長いですから、私たちは一時この場を借りているような感じです。
マンションは街の財産であり、ヤドカリの私たちは、住んでいる間、家を美しくきちんと保ち、次の住人にいい状態で引き渡す義務があり、そしてそのことは売買の契約書にも明記されています。たとえば、いつもきちんと掃除をしなさいとか、何年に一度ペンキを塗りなおしなさい、とか、何10年に一度はきちんとリフォームしなさい、などです。
それを反映するように、マンションの価値は、メンテナンスのグレードによって同じ家でも大きく差ができるのです。

土地建物は自分のもので、外観の形や色を自由に決めていい日本と、土地建物は街に帰属するもので、住人は次の人に手渡すことを前提として住む間それをメンテナンスしアップグレードすることを義務づけられる、という英国の発想はずいぶん違うようですね。
制約が多かったり、手間暇がかかったり、少し面倒な気もしますが、でもそうやって建物を守り続けているからこそ、経年によって価値が下がらず、逆にいいメンテナンスを行えば、値段が格段に上がるのが英国のマンションなのです。変な話、新築よりも管理の行き届いた古いマンションの単価がいいのも普通のことなのです。

長寿命住宅のもたらす可能性が、上のお話の延長線上にあるものなのでしょうか。

それでは、次回は長寿命住宅の建築やインテリアについて、ご紹介してみたいと思います。

 

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